« スケジュール失敗 | トップページ | インスタント沼 »

「精神」

今日は渋谷イメージフォーラムで「精神」を鑑賞。岡山コラールという診療施設に通う精神障害の患者を追ったこの作品、66名と少ない座席数ながら満席。次の回も満席だった様子。公開してからしばらく経つと思うのに、すごい。確かに現代の人間が興味を持つに十分な話題性のあるテーマだわ。

自作を「観察映画」と規定する相田和弘監督の2作目。1作目の「選挙」は遅ればせながらDVDで鑑賞しましたが確かに「観察映画」。ドキュメンタリーは物事の真実を表すと思っていたけれど、よくよく考えると編集やナレーションで、ほとんどの作品があるメッセージに従ったものになっているのが事実。それに対して想田監督の「観察映画」は余計なナレーションは入らない。ただただ対象を観察し、撮影し、そこから立ち上るものを観客は見る。

いやー・・・この作品、何とも感想を言いがたい。作り物のフィクション映画なら、もしくは監督のメッセージ性が強いドキュメンタリーなら、または百歩譲って「観察映画」でも前作の「選挙」なら、何がしかの感想を言えたと思う。でも、精神障害の患者を「観察」したこの映画、テーマ的にも非常に感想が言いにくい。だからなのか、ネット上のレビューでもこの映画のタイトルを入力しても出てこない。フィクションに対してあーだこーだと素人批評を加えることの気楽さ、テーマが神妙になると一気に言葉が出てこなくなる自分の立場の甘さが辛くなる。

しかしまぁ、この作品の感想は口には出さずとも十人十色なはずだ。監督のメッセージは「精神障害の患者と健常者の間にあるカーテンをとりあえず取り払ってみたかった」。その試みは十分すぎるほど達成されている。「その人」たちは、どんな会話をしているのだろう?何を食べているのだろう?どうやって生活をしているのだろう?薬の量は、生い立ちは、そんな下世話ともいえる興味に、この作品はとりあえず応えてはくれる。何といっても「観察映画」なのだから、その情報量は精査されず膨大だ。

けれど、「観察映画」だからこそ、映画の画面という枠を超えて観客は考え込んでしまうのだ。目の前にいる「その人」たちについて感想を持つということは、映画の中のキャラクターに対してではなく、実在の人に対して感想を持つということなのだから。そしてその人たちはまったく自由に発言をしてくるのだから。

「ROOKIES」のような、ある一定の感想を導き出すような作品と同時期に、この「精神」が公開されたのも何かの偶然のような気がする。この作品を見ずに外側から感想を言うことは絶対にできないし、見たとしてもその感想は声高に言うことができない。どのカテゴリにも入れられない感想を持つとき、人は孤立して、自分の意見を言うことが恐ろしくなる。そういった気分にさせる映画だ。

望むべくは、誰かこの作品を見てください。そしてどうぞ私の感想を聞いてください。

|

« スケジュール失敗 | トップページ | インスタント沼 »