リップジプシー卒業

いやー 久しぶりに良い買い物をしました。「 ディオール アディクト リップ マキシマイザー」。私は常にリップクリームが手放せない体質なのですが、それをようやく終了させてくれそうな一品。

たぶん唇をなめてしまう癖があるので、それでリップクリームを塗る→またなめる、の繰り返し。大体リップクリームをジーンズのポケットに入れて持ち歩いてますが、同時に忘れ物女王でもあるので、すぐに失くす。失くすとパニックになり、より唇をなめてしまってパニックがひどくなる・・・ということで、家には2・3回しか使っていないリップがゴロゴロ。

30歳を過ぎてから、洗顔石鹸とかアイシャドーとか、もうこのブランドでいいだろう、というものにようやく出会うようになって(もしくは絞り込まれて)、色々なもののジプシーが終わって良かったなと思っていたのですが、最後まで終わらないと思っていたリップ探しの旅がついに完結するのかしら!?

これ、@cosmeのリップケアランキングで1位だったので欲しかったのですが、海外旅行に行った際に探してもどの免税店でもことごとく売り切れで・・・仕方ないので楽天で買いました。(別に安くないけど、ディオールのカウンターに行っている暇が・・・)昨日届いたのですが、かなり良い感じ。唇の縦じわがなくなってふっくらするし、薬用リップというよりは下地的グロスという立ち居地のものなので、うっすらピンク色にもなります。でも、色がつくというより、唇が健康的になってピンク色になるイメージかなー。

ずっとスーッとしているので、(グロスなのでぺタッと唇につくわけだけど、そのグロス液がスーッとさせる感じ)それが嫌な人には向かないかもしれないけど、常にメンソレータムのリップクリームが手放せなくて、リップがなくなると発狂するという人にはチャレンジの価値はあるかもしれない。メンソレータムが20個くらい買える値段だけどな。(3000円くらいするので) ・・・12月には1万2000円の粉、トワニーのミラノコレクションにも挑戦します。色々な化粧品のジプシーを早く終わらせたい!!

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恋はゲーム

3ヶ月くらいに1度、情報交換のために男性の知り合いと飲みに行く。自分含めて3人で行くんだけど、1人は彼女募集中なので、誰か女の子を誘ってあげよう・・・と思いつつも、いつも話があまりにもえげつなくなるので、結局その3人で飲むことが多い。

1人は彼女募集中というくらいなので、年中妄想気味の強がり中2病。1人は浮気性なイケメン。とにかく、いつもそのイケメンの彼の常識についていけない。今回は今回で、女の子3人に同時に鎌をかけてるんだけど、長年つきあっている彼女もいるので、私が不快になって、「いや・・・そういうのは良くないと思う・・・」みたくブツブツ言っていたら、中2病の方が一言。「まぁ暇なときにテトリスやるようなもんなんだと思うよ」と妙に的確なアシストを。は?テトリス?と思っていたら彼の方も「そうそう、そんな感じ」と。

テトリス・・・なるほどねぇ。時間があるとついやってしまうと。手慰みに。目からウロコだ。なんつーか、人っていうのはその人の持った特性を最大限に使用して、持たない人のことなんて全く理解できないのかもしれないなぁ。私も彼のようなスタイルと顔と強気な性格を持っていたら、ふと暇になったら誰かに声をかけちゃうのかもしれない。・・・例えば、私は本を読むのが早いし、面白そうな本を見つけるのも得意。1日中本読んでいていいなら、15冊くらい読むのも可能。1日でね。だから、本が好きになりたいんだ・・・とか、本が早く読めるようになりたい・・・とか聞くと、「は?読めば?」とか思ってしまうわけ。(本については私は傲慢な貴族です) だって本を読むなんて人生で一番簡単なことじゃん?みたいな。それと同じなんだろうなぁ。私と中2病の2人は、とにかくずっとモテない話を続けているわけだけど、イケメンの彼には全く理解できないらしく、「?」マークがずっと顔に浮かんでいる。「いや、誘えよ」「そこで女という武器を使えよ」等々、アドバイスをくれるんだけど、恋愛に関しては貧民な私はいや、でも・・・と言い訳を繰り返すばかり。

いやー、何なんすかね、全く。その人の持っている資質って、三十路を過ぎてくると人によってハッキリしてくるもんだなぁ、と。だって大人になってからその資質で10年くらい走ってきてるわけだからねぇ。私は彼のようには絶対なれないなぁ、と思うと寂しい反面、どこかあきらめがついてきてるから、いいんだけど。ただ、私はその浮気性は無しだなぁ。そこは譲れない!

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熱狂の裏側

先日、映画の日である1日に「THIS IS IT」を見に行ってきた。全世界共通の公開初日に行くほどのファンではないけど、ニュースで劇場での盛り上がりを見ていて、これは面白い現象になっているに違いないと思い、そこに興味を持って。

私はネットでチケット予約をして朝9時に見に行った。こういう爆発的ヒットになっている作品は、朝イチで見に行った方が面白い。朝の時点でどこの回まで売り切れているかを見ることができるから・・・ってそんな楽しみ方をする人はいないか。ちなみに私が行った新宿ピカデリーはその朝の時点でほとんどの回が△もしくは×だった。プレミアシートの回と、夜21時の回などは空いていたけど、日曜の夜21時に映画って・・・それはキツイ。映画の日でもネットで1000円でチケットを買えるので、皆さんネット予約をおすすめします・・・とガックリ肩を落としている人の背中に声をかけながら劇場へ。

それはさておき。中身ですが・・・うーん・・・タイトルに書いたように、人の熱狂というものと、映画の不遇について考えてしまいました。

構成はご存知のとおり、今年の6月に惜しくも亡くなってしまったマイケル・ジャクソンのロンドンでの「THIS IS IT」ツアーのリハーサル映像をドキュメンタリー化したもの。私は熱狂的なファンではないものの、「マイケルの誠実な、そしてライブのクオリティに対する凄まじいまでのこだわりを感じた」との評判を聞き、そこに興味があって行ってきました。ミュージシャンって、リハーサルやレコーディングのときに、バックバンドの人を怒鳴りつけたり、かと思うと出来の良さに感極まって泣き出したり、そういうことしそうじゃないですか。でもMJはそういうことをしないらしい。本当の天才はどんな風に仕事をしているのだろう?というのと、若干のホロスコープ的な興味もあって。(マイケルは乙女座で誕生日が近いので(笑))

そういう意味では確かに静かな感動がずっと続きました。声を荒げたりせず、淡々と自分の中に見えているクオリティに向かって周囲の人と調整を重ねるマイケル。リハーサルだからダンスも声量もMAXではないけど、思っているより昔のままだし、マイケルが手を動かすだけで、軽く歌うだけで思わず見入ってしまう・聞き入ってしまう華がある。マイケル自身は淡々としているのに、周りがどんどん盛り上がって、リハーサルなのにさながらミニ・ライブ会場のようになっていく。そのくらいカリスマ性がすごい。

ただ・・・本当のライブの曲順に合わせてドキュメンタリー化しているからか、人々のインタビューもカットしたくなかったからか、どうも冗長に感じる。ふー、マイケルの仕事のやり方の凄さがわかったよ!お腹いっぱいっす!とふと時計を見たら50分しか経ってない。え?マジで?この辺からドキュメンタリーとしての構成がやや気になってくる。もしかして普通のドキュメンタリーってかなり高度に編集されてる?もしかして映画の「ストーリー」って、人々の興味を2時間引き続けるっていう意味ではすごく重要なもの?などなど様々な思いが脳裏をよぎる。ローリング・ストーンズのライブを追ったマーティン・スコセッシの「シャイン・ア・ライト」、もちろんあれは完成版のライブをいくつものアングルで撮りあげたものであり、リハーサル映像であるこの作品と比較するのはお門違いだと思うけど、それにしても、あの作品はストーンズがすごいだけでなく、そのストーンズのすごさを伝えられるだけ、撮影も編集も高レベルだったわけで、観客は、被写体と、その撮り方のどちらにも賛辞を評して高評価だったわけだ。

でも・・・「THIS IS IT」のネットでの評価が尋常じゃなく、下手したら日本の各映画サイト史上最高の評価になっているのは、被写体に対しての評価と、こういった映像が上映されたことに対する評価なわけで、撮り方そのものに対しての評価ではない。それは、撮り方で高評価をされるために用意された映像群ではないわけだから仕方ないけど、そこがすっぽ抜けていても、それでも五つ星なんだなと。 

映画やドキュメンタリーは、俳優の素晴らしさや脚本の素晴らしさ、色々あるけど、ある意味、その「撮り方」を究極に追求したものだ。それこそが一番のメインと言っても良いはず。・・・その「映画」群がマイケルの人としての凄さに惨敗しているところを見ると、何だか複雑な感じ。

見終わって上映スケジュールの盤を見たら、「THIS IS IT」は△だった回も全て×になり、プレミアシートの回も×になっていた。(せっかく新宿に出てきたんだから、と高くても購入したのかしら。5000円もするのに・・・)他の映画も人気はあるけど、「THIS IS IT」だけがひときわ上映回数も多く、満席が多くて本当に目立っていた。その後 バルト9にも行ったけど状況は全く同じ。上映期間がぶつかってしまった映画の配給会社は臍を噛んだだろうなぁ。

まぁ、流行っているものに一言言いたくなってしまう、単なるにひねくれものなだけなのですが、見ることができて本当に良かったし、マイケルの人となりもわかったし、ツアーのクオリティのすごさもわかったし。ただ、構成荒いし長いよ(涙)というのが私の感想なのでした。

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ひとつの季節の終わり

「乙女座さん、本当にお疲れ様でした!この2年間 あなたを悩ませていたものがようやく去ります! 辛いこの2年の間に身につけた価値観・能力にそのうちあなたは気づくはずです」

この10月下旬の乙女座の星占いを見るのは本当に楽しい。2007年に乙女座に入った課題と試練の星、土星がようやく一昨日に抜けたからだ。どの占いを見ても乙女座は快調・爽快な文章。あぁ・・・この日を待ってました。

もともとはホロスコープをものすごく信じてた訳ではない。調子が悪いときにカウンセリングに行くような感じで占いには行ってたけど。でも、去年の4月に会社の部署が変わって感情的にズッコけてしまい、そこから日々どんよりし、もがいていたときにホロスコープをじっくり見るようになった。

占いのとおりにしなきゃとか、「当たってる!」とか、そこまで頼っているつもりもない。言うなれば占いの文章を見るのは「自分にピンと来る言葉を探す行為」という感じ。曲りなりにも、ある一つの日付(=誕生日=自分)に対して何か傾向を表す言葉の一群が用意されていて、「これは当たってるな」と思えば、それは自分が目指す・もしくは好きな言葉の要素なのであり、「これは違うな」と思えばそうではない。そういう使い方でも良いのではないかと。私はそんな風に、自分の中の欲求や現時点の性質をあぶりだすために使っている。・・・ま、ニワトリが先かタマゴが先かみたいなもんで、「これは"そうであって欲しい"自分だな」となんて読んでいるうちに、思い込みでそういう性質になってしまい、だからこそまた占いが当たっていると思う、という変な循環もあるわけだけど。

そんなわけで、距離は置いているつもりと言いつつホロスコープにはまっていた私。この2007年のサターン・リターンについて、土星が乙女座にいた間に自分が本当に大切にする価値観がわかり、実は新たな能力を身につけている、と書かれていることが多くて、それって何かなぁ、と思っていたのだけれど、何となく昨日それがわかった気がした。

落ち込み・へこんでいたときでも、女子友達とは本当によくご飯を食べていて、楽しいやらありがたいやら、だった。来月からまた部署が変わることもあり、ここ一週間は「しばらくご無沙汰します」的な感じでまたよく飲みに行っていた。昨日は年が近い同僚と行ったのだけれど、これが・・・全く盛り上がらない。話すことが全然ないのだ。

以前は私も頑張ってはっちゃけて話題を提供するようにしてたからかなぁ・・・別に私の頑張り一つで盛り上がる・盛り上がらないがある訳ないけど、昨日は後ろでじとっと座っていたからか。でも、どうも共感ができなかったんだもの。

最近絶好調らしい同僚は何かを「達成」することのみに酔っているようだ。顧客のためにどうかより、仕事のクオリティがどうかより。・・・顧客の顔を思い浮かべながら仕事をする。仕事のクオリティを周りの意見も聞いて修正しながら少しずつ上に上げていく。クサいけど、ぼんやりとそういうことを大切にしていきたいなぁ、と思っていた私にその彼女の態度は大きな驚きだった。彼女はほとんど相手の意見をシャットアウトする。良かれと思って言ったことでも。彼女のこの「強さ」、私の「弱さ」。土星回帰の前は弱い自分が本当に嫌だったけど、私のこの「弱さ」ってもしかしたらものすごい武器なんじゃないか?逆に、彼女の他を寄せ付けない「強さ」は弱点でもあるんじゃないだろうか。

「Only the paranoid survive(極度の心配性だけが生き残る)」。へこんでいたときに読んでいた本に載っていた言葉。(米の経営者、アンディ・グローブの言葉。自身の著書のタイトルにもなっている) 弱さはときに強靭な強さを持っていて、強さはときに脆い。滔々と喋る彼女を見ながら思う私。

元気な同僚たちの体が、二重ではなく一重に見える。彼女たちが自分の中に畏れを持っていないから一重に見える、のかも。昔はその強さと明るさが羨ましかったけれど、今では皮膚と皮下脂肪の間にあって全身を覆うこの「畏れ」が自分にあって本当に良かったと思う。ありがとう、土星。

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クーガー危うし

「私はあなたの婿になる」「理想の彼氏」とクーガー女の映画が連続で公開される。「私はあなたの~」は上司が自分の永住権のために部下の男性に結婚を上司命令として言い、「理想の彼氏」では離婚した女性がベビーシッターの年下男性と恋に落ちてしまう。"クーガー=ピューマ"のように年下男性を狙う年上女性が流行りだしたのは、「SEX AND THE CITY」のサマンサあたりからなのかしら。しかしまぁ、何てグローバリゼーション!女性の進出によって日本もアメリカもそういう社会現象は同じなのだなぁ。

そういえば昨日見たDVD「華麗なる恋の舞台で」(面白かった!)のストーリーでもベテラン女優役が息子ほどの男性とつきあってたし、日本のクーガー映画「ノン子36歳」の坂井真紀は本当に年下と結婚しちゃうし。むー、これは私も一つ乗ってみるか!ウッシッシ(←この辺が古い)と思いながら聞いていたTOKYO NO1 SOUL SET+HALCALIの「今夜はブギーバック」により、私のクーガー熱はあっさり消え去ることになる。

最近 日産のCMで使われ、当初 CD化の予定はなかったのに、あまりの反響にリリースしたら30万部売り上げたというこの作品。テンポも速くて格好良い。格好良いんですが・・・ちょっとこれ、何でラップ部分が入ってないのよ!あの部分がいいんでしょーが!何考えてんの!・・・ほとんど暴力的なまでの怒りを感じる私。慌てて原曲の小沢健二とスチャダラパーの方を聞いてみると、それはそれであまりにスローなテンポでどんより。お、遅くてモッタリしてる、そして暗い・・・何だかザ・90年代って感じだ。仕方ないので同世代の解釈ということでKREVA版も聞いてみると、これは2者の中間くらいのテンポと暗さでちょうど良かったのだけれど、それはそれでやっぱりラップ部分は入ってないし、歌詞も一部だけ違う。ここでまた暴力的なまでの怒りが沸いてくる私。もー、何であの詩を変えるのよー!!

小沢健二版には戻れないけど、かといって小沢健二版を否定し、HALCALI版を絶賛するような世代の子にはこの暴力的なまでの怒りを抱いてしまいそうだ。世代差恐るべし。クーガーなんてとんでもないな。この呆然自失さをわかってくれるには、やはり同世代しかないのかしら。先日、会社で社内サイトの名称を考えるときに「○○&○○」という例えをしたときに、おじさん達は執拗に「さくらと一郎」「ヒデとロザンナ」あたりを持ち出し、呆れ返った私は私で「ヒロシ&キーボー」しか例えが出て来ず、クーガー女として狙うべき世代の若い男の子に失笑されていたのを思い出す。嗚呼。上の世代も難し、下の世代も難し。

あっさりとクーガーへの道を断たれ、仕方なく寂しく3バージョンの曲を頭の中でミックスして自分を慰める私なのでした。

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図書館の使い方

割と頻繁に引越しをしたくなる。どう考えても今の家賃は高いし、部屋の中がもう限界だと思うほど汚い。まぁ引越しをすることで部屋を綺麗にしようなんていう魂胆は良くない、その心根をそのまま次の部屋にも持っていってしまうから、観念して今の部屋を片付けなさい、と占い師のおじさんに言われたのだけれど。とにかくふと気づくと引越しがしたくなる。

でも引越しをしない、できない理由がある。身もココロも捧げ尽くした男が・・・いる訳ではないのだが、似たような感じで、それ無しではいられなくなってしまった図書館のせいで、できないのだ。

以前にも図書館については書いたので内容がやや重複してしまうけれど、都内に引っ越してきて図書館の素晴らしさは重宝している。自分が住む目黒区図書館、他に使用している渋谷区図書館、これから使用しようとしている世田谷図書館の3つをよく比べるが、やっぱり目黒区の図書館はいいなぁ・・・とうっとりしてしまうのだ。これではこの地を離れられない。

世田谷図書館はまだ利用証を持っていないのでネットで資料検索をするだけだが、そもそもこの3つの図書館の在庫の持ち方が結構違う。一番ダイナミックに持ってるのが世田谷。次に良いのが目黒。一番ショボイのが渋谷。ただ、借りられる資料の傾向が違うので、目黒区立では予約が沢山なのに、渋谷区立ではすぐ借りれたり、目黒区立には無い資料が世田谷区立ではあったりする。

そんな風に書くと、目黒区立図書館って普通じゃん、と思われそうなのだけど、目黒区立図書館はホームページがものすごく使いやすいのだ。落語の噺である「目黒のさんま」をモチーフにした"さんまくん"という検索機(ネットでも使用できる)なのだが、目黒区立のページは①ベストリーダーが充実 ②著作者、ジャンルなどから縦横に検索できる というところが便利なのではないかと。

説明します。私はかなりの数を図書館で借りるけど、別にそんなにいつも読みたい本のリストを持っている訳ではなくて。一時期 アマゾンのベストランキングをメモったりしていたのだけれど、そんな最新の本が図書館に入荷する訳でもないし、もちろん図書館は全ての本を購入するわけではないので、アマゾンでは上位でも購入が見送られる本も多い。だからいつしかやめてしまった。

そんなとき、図書館のベストリーダーという項目は結構役に立つ。要するに貸し出しが多かった本のランキング。同じように予約数が多いランキングも載せている図書館が多いけど、予約数が多いということは、今この時間も借りれないので、へー、これが人気なんだ、と世の中の市況を見る(?)以外には使えない。ベストリーダーも、貸し出し数が多いということは借りれないということとニアリーイコールではある訳だけど、例えば集計期間を6ヶ月とかにすると、累計の貸し出し数は多いけれど、図書館が多くの冊数を購入した結果、在庫過多になり、今では予約が無く、すぐに借りられる本とかもある訳です。もちろん半年遅れのベストセラーなので、情報としては遅いけど、すぐに読みたいなら買うべきなので、それはいたしかたないかと。

それから、例えばそのベストリーダーの書名をクリックして、どうもこの人の本は面白そうだなと思ったときに、目黒区立図書館は著者名をクリックすると、今度はその人の著書一覧が出てくるのです。イメージが沸きにくいかもしれないけど、世田谷と渋谷はそういう機能はないみたい。つまり、例えばベストリーダーで気になった本を見つけて、その人の他の本を調べたいと思ったら、一旦 トップページに戻って、著者名を入力しないといけない、と。これ、たった一つの作業ですが、何回もやってると面倒になってくるんですよね。その点、目黒区立図書館の検索は、書名、著者名、ジャンル、それに出版社まで全て連結してるので、シームレスにどんどん気になったところに飛んでいける訳です。そんな風にして借りていると結構 大量になるという。

以前はエンターテイメント系の商材を発注してたりしたので、ついこういうシステムや在庫状況に興味を持ってしまうだけだと思うのだけど・・・まぁでも、そんな訳で目黒区立図書館はなかなか良いです。彼(目黒区立図書館)無しではいられないカラダに・・・そして、読みたい本がなかったら、ベストリーダーにGO、です。書名を見てると結構 読みたくなるような本が見つかります。

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半年に1度のスカート

私の会社はラフな服装で良い上に、自身にファッションセンスがないので、だいたいいつもはジーンズで過ごしているのだけれど、半年に1回くらいスカートで出勤することがある。そういうときは大体 本とか映画に影響されている。

以前は映画の中の素敵な女優さんに憧れてそうしていたけど・・・ここ最近の理由は「結婚ってどうよ!?」という本を読んだから。言い訳だけど、このタイトルに惹かれて読んだのでは断じてない!ここのところ、自分の中でもういちど「萌え」について考えてみようと思っていたので、岡田斗司夫の本を色々読んでいたらたまたま行き当たった本。ところがこれがかなり衝撃的で、うーんと考え込んでしまった。

つい最近、30歳になるまでには結婚する!と言っていた後輩が三十路の誕生日を迎えたので、「30歳からもう一度モテる方法」という本をギャグでプレゼントして、そのついでに私も読ませてもらったんだけど、男性が著者ということもあり、割と女性にとっては厳しいことも書いてあった。けれど、「結婚ってどうよ!?」を読んだ後は、あれも結局は女性向けだから、そんなに厳しく書いてなかったんだなぁ、と。そう思ってしまうくらいだった。

読んでいて、そ、そうだよね・・・と全力で脱力しながら思った箇所は「(男にとって)女性は33歳からは年齢の刻みはない」というところ。確かに29歳、30歳、31歳あたりまでは、もちろんそれもじゅうぶんいい年なんだけど、その年齢の刻みに大いにこだわっていた。でも、33歳になり、こりゃーもう世の中にとっても自分にとっても、その年齢の刻みは必要なさそうだな、と元々思っていたところにこの言葉。

そして、私がスカートをはき始めた理由のくだりは「30歳を過ぎて女性として見られたいなら、髪、顔、胸、脚のどれかを綺麗にするべき」「かなり年齢が上の女性で男受けしてるのって、黒木瞳とか吉永小百合くらい。だからキーワードは年を取れば取るほど清楚であれということ」という2つの部分。影響されやすい私は早速 膝丈の清楚系スカートで出勤したのでした。・・・これも、少し前ならひどい!とわーきゃー言うところだけど、ちょっと想像すると妙に納得できて・・・例えばIKKOさん。私は結構好きだし、雑誌やテレビに出てるとキレー・・・と思うんだけど、よくよく考えると?なところもある。ぶっちゃけ男性な訳だし、顔形そのもので見ると、少し、ね。でも髪、顔(お肌)、デコルテ、脚は本当に綺麗。その美しさに女の私もポーッとなるのだから、その4つの視覚情報ってやっぱりインパクトあるんだな、と思って。

美輪明宏やおすぎやピーコが、「中身のない女はダメ!本を読んで映画を見て知性を磨き、本当の意味で美しくなりなさい」と叱咤した文章を読んで、本や映画が好きな私は一心不乱に読んできた。でも、冷静に考えてみると、彼らにとって女女している女性はある意味 恋愛においての敵な訳で・・・そりゃ本を読めとか映画を見ろっていうよなー。実は彼らは敵を減らそうとして、わざと言ってたんじゃないの?なんて思う私。やっぱり見た目や、男性にとってどういう女性がいいかなんじゃないの、と落ち込む私。

外見や内面の美しさを手にいれるハウツー本や自己啓発書の類はたくさん読んできたけど、この「結婚ってどうよ!?」を読んで、ムカつきながらもその旅を終えることができそうです。外見の美しさを称える本も、内面の美しさを称える本も、結局「買って欲しいだけの甘言の本」だったのだと。

これからは世の中の構造を見極めてシンプルに生きようっと・・・

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追う男 追われる女

女性を追ったドキュメンタリーも3本ほど見ました。

その1。「あんにょん由美香」。伝説のAV・ピンク映画女優である林由美香をテーマにしたドキュメンタリー。彼女はピンク映画を中心に200本近くの作品に出演し、柳下毅一郎氏をして「最後の映画女優」と言わしめた人

彼女はとても魅力的な人だったらしく、AV監督のカンパニー松尾氏や平野勝之氏と実際に恋愛関係にもなり、彼らによって重要な作品も残されている。ピンク映画として撮影された主演作品が絶賛され、「たまもの」と改題され一般劇場で上映されたことも有名。ただ、彼女は34歳の誕生日に自宅で亡くなってしまったんですよね。(自然死とのこと)

生きている本人を見ることができない今、そのドキュメンタリーとなれば見にいかなければ!と思って行ったのですが、面白かった。

そもそもこの作品、「あんにょんキムチ」という自らの出自をテーマにしたドキュメンタリーで若くして有名となった松江哲明監督作品。「あんにょん由美香」は、松江監督が姉のように憧れ・親しくしていた林由美香が亡くなってから、ふと目にした、彼女主演の「東京の人妻・純子」という韓国映画(?)を元に、彼女がなぜこの映画に出たのか、彼女とはどういう女性だったのかを追っていくドキュメンタリー。林由美香に何故こんなにも多くの監督が惹かれたのか(女優としても、また一人の女性としても)も興味深いが、同時に日本と韓国との性に対する意識の差や、映画作りに携わることの悲しさと素晴らしさも引き出されていて、何だか一粒で三度おいしい、みたいなドキュメンタリーなのです。

まぁ映画作りの方は置いておくとして、私が興味があった、林由美香の人となり・・・は、やっぱりものすごく興味深かった。何故男たちがあそこまで彼女を愛し、信奉するのか?そして彼女を忘れられないのか?

何だか、すごくあっけらかーんとした女性のように思えました、私には。スタッフさんの名前を覚えていたりされていたようなので、もちろんあっけらかんとしていただけではないと思う。ただ、何百本もピンク映画に出ているプロの女優さんとしての凄み、なのか、生来のもの、なのか、とにかく私が少ない情報から判断した林由美香は、男性がわーっと甘えたり、好きだ!と言ってみちゃったりしても身構えたりしない、上手い言い訳でやんわり断ったりしない、何というか、テニスのラリーで打ったら想像のつく角度から返ってくる(でもたまにおっと思う角度から返ってくる)みたいな。

私はラリーを続けているように見えて、実はものすごい形相で的確に打ち返そうとしてるんだよな。そういうのって自然じゃなくて、疲れるもんね。

その2。「イメルダ」。これは一番上に書いた私の欲求をものすごく満たしてくれた。というのも、あんにょん由美香はいかんせん本人が亡くなっているので片鱗しかわからないのだけれど、「イメルダ」は本人がどーんと出ているドキュメンタリーだから。

靴を集めまくり、庶民のお金を食い物にした女帝、悪女。彼女のイメージはそんな感じだったのですが、画面に現れた彼女はこれまたあっけらかんとしてました。あっけらかん、というとちょっと違うかもしれない。悪びれず堂々としていた、とでも言うべきかしら。マルコス氏と出会った若い頃の美しさはもちろん、今現在でも十分美しい。もちろん貫禄は出てきてしまったけれど、背が高く、仕立てと色彩センスの良い服を着こなす彼女は、もちろん、その洋服の元のお金は?と問いただしたくなる気持ちもあるけれど、やっぱり堂々としていて綺麗

彼女は自分の行動の理由について、自分のように貧しい生まれのものが、このように立派になったことを国民に表し、勇気を与えたいのだと言っていた。それ、たぶん本気。容姿でも、頭脳でも、人並み外れて優れたものを持った人が、周りの人を啓蒙したいと思う、そしてそれを行動に移すとき、あるものは本を書き、あるものは蜂起を促し、あるものは会社を興して財を成す。それが彼女の場合は、美しく着飾り庶民の前に出て、自分が正しいと思う行動を取ることだったのだと思う。彼女は、美は平和とつながると信じているから。

ドキュメンタリーは彼女を弾劾もせず、泣かせもせず淡々と進んでいくのだけれど、そのようなことがわかるにつれて、軽く唖然とする私。ある意味、正常な誇大妄想狂とでもいうべきか・・・確かに彼女ほど美しい顔、声、スタイル、色彩センスを持ったらそのように考えるものなのかもしれない。自分が美しく装い、自分が笑いかけることで人々が救われるのだと。ある意味 女優やモデルとも同じだ。ただ違うのは、彼女が時の権力者の妻だったというだけで。

彼女の屈託の無さを知って、あぁ、これは彼女たち夫婦を弾劾する文章をいくら読んでもピンと来ないだろうな、とつくづく思ったのでした。

その3。「ヨコハマメリー」。私はずっと横浜の方に住んでいたので、たまの休日は友達とよく関内に行った。そこで一度だけ白塗りの老婆、「メリーさん」を見たことがある。都市伝説だと思っていた人を現実に見た、最初で最後の経験。

そのメリーさんをドキュメントとして追ったと聞いたけど、映画館で見れなかったのが残念。ようやくDVDで見た。・・・メリーさんを追うだけでなく、当時 夜の街としてにぎわっていた黄金町の様子も描き出される。メリーさんを助けていたシャンソン歌手、メリーさんが行っていた喫茶店、美容室。少しずつ、彼女がどういう人物だったのかが描き出される。彼女はメリーさんと呼ばれる前は「皇后陛下」と呼ばれていたらしい。

私はたぶん、関内の「バーガーキング」の店内で彼女を見たのだと思うけど、そこは前述のシャンソン歌手とメリーさんが定期的に会う場所だったらしい。あぁ。歴史と歴史が重なる瞬間。私のちっぽけなこの人生も、このドキュメンタリーに刻まれたような人や街の歴史の中に、確実にあったのだ。・・・そういう意味では、女性の生き方を追ったつもりが、横浜を思い出して何だかしんみりするという結末に。このドキュメンタリーは、メリーさんと共に黄金町のドキュメンタリーでもあったのだ。

そして最後に。「イメルダ」は製作国が違いますが、「あんにょん由美香」も「ヨコハマメリー」も、私の同世代の男性が撮った作品。追われる女と、追う男と。同世代の男性がドキュメンタリー作家として活躍しているのもすごいなと思うし、彼らが追う女性たちも、追われるだけあってさすがな骨太人生。

はてさて、私は?

ドキュメンタリーも撮らず、さりとて追われるほどの濃い人生もない私。その事実に呆然としながらも今夜も眠りにつきたいと思います・・・

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ドキュメンタリー日和

最近 ドキュメンタリーばかり見ています。三十路を過ぎて数年、これからいかに年を取っていくか?ということを考えたいので、手っ取り早くドキュメンタリーを見ているのかも。人生を謳歌している人はどのような人で、どのように生きているのか?そうでない人はどのような表情をしているのか?いや、そもそも、人生を謳歌するのも惨めな人生を送るのも、表裏一体なのではないか? etc…
その問いに答えが出たら、もしくはその問いが不毛だと気付くくらい年齢を重ねたら、きっとこんなにドキュメンタリーは見なくなるのではないかしら。

もとい。まだ答えが見つかっていない私が最近見たドキュメンタリーはこんなところ。

・「ファイティングシェフ」・・・料理世界のオリンピック、その最高賞である「ポール・ボキューズ ドール」。その戦いの様子を、出場国であるスペインのシェフを追うことで明らかにした作品。

・・・そもそも「ポール・ボキューズ ドール」なんてものがあること自体知らなかったのですが、フランス人って本当に格付けが好きですねぇ。このドールとは、カンヌ映画祭の「パルム ドール」のドール、つまり"金の"という意味。それぞれの出場者が国代表として出場するのも、経年の成績の13~24位までが1日目に調理、上位1~12位が2日目に調理、というはっきりしたランク分けもフランスらしい。でも採点は「見た目の美しさ、エレガントさも見ます」ってところで、この好戦的な仕組みが和らげられているとフランス人達は思っているところがまた面白い。

テーマは魚料理と肉料理。自国の料理の特徴を出しても良い、というか出すべきだけど、ベースはもちろんフランス料理。スペインはこの"ポール・ボキューズ・ドールに必要とされる要素のあるフランス料理"があまり得意ではないらしく、出場はするものの、毎年上位に食い込めないで苦しんでいる。今年こそ1位を取る!というシェフ、へスースの努力は報われるのか・・・?というオハナシ。

いやいや、正に知らない世界を知ることができるので面白い。スペインの出場シェフはへスースという人なんだけど、3ヶ月前くらいから料理の決定と練習のために、スペイン有名シェフチームであーだこーだと話し合うんですね。本番と同じ時間で料理を作り、そのメンバーの前に出すと「いろどりが悪い」だの「ソースをもっと濃くしろ」だの散々に言われる。へこむへスース。いや、この辺なんて正にスポーツチームと一緒。

途中、前回優勝者シェフや同じ回に出場する北欧国のシェフや日本人シェフが登場するんだけど、ひょうひょうとしていて、ちょっとした名脇役者のように見えるへスースと比べて、この3人はまた別の強烈な個性を持っている。難解な学問の口答諮問に対して準備するように、あらゆる角度から理論を固め、準備を怠らないようアドバイスする前回優勝シェフ。日本人の長谷川シェフは、まだ若いのにものすごい自信。

はてさて結果はどうなったのでしょう・・・というのは書けませんが、ともかく料理の世界じゃないみたいで面白い。私はスポーツ観戦が苦手で、オリンピックも野球もサッカーもほとんど見ない。スポーツ選手を扱ったドキュメンタリーもおそらく今後見ないと思う。だって、どんなに頑張っても私はスポーツで一番にはならないと思うから。自分が勝負できない世界で頑張っている人の汗を見ても、話を聞いても、あまり意味がないと思っちゃうんですよね。そういう意味では料理も同じなんだけど、身体能力に関わらないというところと、表現が伴う、という点でなぜか興味があるんだよなー。

ポール・ボキューズ・ドールを獲ると、一瞬で料理の世界の有名人になれる。その位置を目指すには貪欲で、打算的でなければいけない。料理人たちのそんな一面が垣間見れただけでも、このドキュメンタリーを見て良かったなと思いました。

他に見たのは「アニエスの浜辺」と「へんりっく 寺山修司の弟」。「アニエスの浜辺」は、ヌーヴェル・ヴァーグ時代の女性監督 アニエス・ヴァルダ自身によるドキュメンタリー。ヌーヴェル・ヴァーグ内の唯一の女性監督なので、好きと言いたいのですが、なにぶん独特な作風なだけに、取っ付きにくいなぁ、とずっと思っていた監督。この作品もやっぱり独特でした。・・・型どおりのドキュメンタリーというより、彼女の脳内を覗き見ているような、時間も場所も瞬時に飛び越える作風。80歳を超えてなおポップな服装でポップな色彩を作り出すキノコ頭の彼女の生き方は、とても参考になったけれど。

「へんりっく」は、偏陸というとんでもない名前を親に付けられ(モダンなお父さんだったらしい)、若くして寺山修司率いる天井桟敷に加わった森崎偏陸氏を7年間もの間 追ったドキュメンタリー。

学生時代に寺山修司の作品を少しかじってみたり、社会人になってからも、アングラ演劇の舞台だった花園神社に行ってみたりと、「カフェが好きなの☆」と乙女ぶる反面、若干のアングラの血を隠しきれない私。でも、同時代ではない分、天井桟敷メンバーの活動の全景がどうしてもわからない。そういう意味では見ることができて良かった。

この偏陸氏、寺山修司亡き後、彼の母、はつの面倒を見ていたために、彼女に請われて本当に戸籍上で修司の弟となっている。寺山修司が彼のために書いた実験作品「ローラ」を今も携え、天井桟敷に関わる、関わらない問わず様々な活動をしている偏陸氏。こう書くととてもハッピーで力強いドキュメンタリーに思えるけど、実際は・・・?どこか得体の知れない偏陸氏、グラグラと揺れる手持ちカメラ、偏陸氏に深く突っ込んでいかない監督の姿勢など、まるで天井桟敷の実験映画のようにぼんやりとした不安定さに満ちた作品でした。うーむ、天井桟敷に興味がある人じゃないと微妙に薦められない、かも。

あぁ、まだドキュメンタリーは見足りない。はてさて、この3本を見ることによって私の考えには影響があったのかなかったのか・・・

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太宰しばり、シャネルしばり②

さて、お次はシャネル。「ココ・アヴァン・シャネル」と「ココ・シャネル」を連続で見てきました。旅行の際にやたらとシャネル関連の本を読んでいたので、それを全部読み終わってからと思ったらだいぶ見るのが遅くなってしまった。

まず、「ココ・アヴァン・シャネル」。女性監督アンヌ・フォンテーヌの作品。シャネルとして成功する前の若い時代の物語とは、なんて上手い企画!(ただし、原作になっている本はそういう構成になっている訳ではなく、若い頃から年を取るまでの生涯が書かれている)

いつも不機嫌そうで、ことさら眉毛を強調したメイクのオドレイ・トトゥは可愛らしくはないけれど、シャネルのイメージには近い気がする。ただ、シャネル本から得たイメージからすると、シャネルの最初の恋人バルザンの印象がだいぶ違う。が、次の恋人(そして彼女が愛した唯一の恋人)、アーサー・"ボーイ"・カペルがイメージどおりすぎて驚く。シャネルの恋人はすごい人ばかりなのだけれど、このボーイは、彼女が唯一愛したと公言するとおり、とても大らかで優しかったよう。そんな性格を表す、純粋さを感じさせるガラス玉のような目を持ったアレッサンドロ・ニボロという俳優を使ったのは大成功のように思える。

しかし、「ココ・アヴァン・シャネル」というだけあって、若い時期に焦点を当てているので、仕方ないのだけれどもっと濃いシャネルを見たかったような気もした。

次に「ココ・シャネル」を鑑賞。こちらは登場人物たちが英語を喋る。シャーリー・マクレーンが老いたシャネルを演じているが、おそらく彼女が一番的確だ。辛らつで毒舌で、強くて、でも繊細さも持ち合わせたシャネルという人物を演じることにおいては。こちらはバルザンが格好良いが、逆にボーイが優男風で微妙。そしてシャネル自身が・・・演じる女優さん自身は良いのだが、シャネルの特徴である頑固さ、強さ、毒舌さなどをだいぶ割引いた人物造形なので、シャネルという名前の人を主人公にしたメロドラマにしか見えなかった。知り合いはこちらの方が良かったと言っていたので期待していたのだが、シャネルの強さがシャーリー・マクレーンの登場時以外は少ない、という点で私はこちらの方が苦手だな。

2本見たけど、結局一番面白かったのは「ココ・アヴァン・シャネル」というタイトルで今 出ている文庫本。「ココ・アヴァン・シャネル」の映画の方も、「ココ・シャネル」の方も、どちらもバルザンとカペルと出会い、成功への足がかりをつかんでいく時代のシャネルを書いているけど、シャネルはその後もあまたの有名人とつきあい、多くの恋人を作り、様々な成功をおさめていく。バルザン、カペルとの話は、確かに一番美しく悲しく、またドラマティックな部分ではあるが、彼女の人生においては3割くらいの比率ではないだろうか?つまり、彼女の全ての人生を映画にするとすれば、6時間くらいの尺がないと足りないのだ。

映画は映像も音楽もあるし、カットで時間も飛ばせる。だから2時間あればたいていの人間の人生は納まってしまう。でも、それをはみ出てしまう、映画を超える人生を送る人もいるのだと少しゾッとした。だって彼女の人生を彩る友達たち、ピカソもコクトーも、ミシア・セールも出てきてなくて2時間使いきっちゃうんだよ!?本当にシャネル恐るべしである。あと1本、ストラヴィンスキーとの交流を描いた作品も公開されると思うけど、きっとその作品もシャネルの人生を超えてはいないのだと思う。

いつか朝の連続ドラマ小説「シャネル」、もしくは大河ドラマ「シャネル」があるといいのに・・・

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